こたつ と申します。
by kotatsurock
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シルエットは似て無くもない
 今日の昼、笑っていいとものゲストにあややが出ていた。
 ふとごきげんようを見ると、またあややが出ていた。
 映画の宣伝のためにご苦労さまと思ったけど。

 ごきげんようはチョキチョキーズだった。
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by kotatsurock | 2006-09-27 13:21 | つぶやき | Trackback | Comments(0)
ただそれだけ
 近くの
 工場の屋根の上をカラスがあるいていた
 屋根は波型でできていて
 よっこらよっこら歩いていた
 お日様が傾いて影が長くのびている
 カラスの影が長くナミナミに映っていた
 おかしかった

 猫はいないかなと思っていたら
 コクロちゃんがひょこり現れた
 オレンジがかったお日様にあたり
 コクロちゃんは輝いていた
 きれいだなぁ~

 向こうのマンション建築現場から
 トントントントン音が聞こえてくる
 機械で叩く音ではなく
 人が金槌かなにかで打ち付ける音だ
 けっこう距離があるのに
 休日の秋の夕暮れ
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by kotatsurock | 2006-09-23 17:22 | つぶやき | Trackback | Comments(0)
お天道様のお裾分け
 洗濯物がカラっと乾いて気持ちがいい。
 お日様のにほい。
 一枚一枚、たたみながら、顔をうめて息を吸い込んでみる。
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by kotatsurock | 2006-09-21 17:46 | くらしのこと | Trackback | Comments(0)
願いが叶った
 郵便局へ行く用事がとりあえずひとつあって、週があけたらできるだけすぐに行きたかった。それとは別の用件で、郵便局へ行く可能性もあった。別の用件とは、週明けに返事が来たら振り込むというもの。
 ああ、2回行きたくないなぁ~と思ったのだ。
 じゃあ、返事を待ってから行くか。
 でも、返事が来ない場合もある。
 こっちは早めに終わらせておきたい。
 ということで、結局、2つめの用件は返事を待たず、郵便局へ行くことに決めた。

 2つめの用件の返事というのは、抽選に当選したらというものなので、是非とも返事が欲しかった。ダメかなぁ~とも思っていた。
 強く願いすぎるとハズレるかもしれないので、1つめの用件を先延ばしにすることは思いとどまった。
 天気がよいので歩いていくことに決めた。
 てくてくてくてく。
 あの角を曲がれば郵便局。
 あれ???
 肝心の内容を記した紙を忘れている...ガガガガーン。

 結局、取りに戻った。
 次は自転車で向かった。

 2つめの用件はその後、当選のメールが来た。
 やったー。

 そうね、願いが叶ったのだ。
 2回でなく3回行くこととなったわい。
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by kotatsurock | 2006-09-20 10:12 | つぶやき | Trackback | Comments(0)
秋は恋の季節
 近所猫の話。

 近所に黒猫がいて、我が大家さんに時々ごはんをもらっている。それで、ここの住民はみな、この黒猫のことを知っているようだ。
 我が家では勝手にクロちゃんと読んでいる。
 そのクロちゃんが昨年子どもを生んで、2匹が育った。
 その2匹のうち1匹は見かけなくなったけど、オスっぽかったのでよそへ旅だったと思いたい。そしてもう1匹はメスみたい。甘えん坊で臆病者だったので、ずっとお母さんと一緒に暮らしていた。コクロちゃんと呼んでいる。

 彼女たちは、私たちを見ても逃げないけど、一定の距離を保つ。ところが、大家さんのお父さんの後ろは付いていく。ベランダから眺めていて、かわいいなぁ~とちょっと嫉妬(笑)。


 最近、新参者がやってきた。
 シンザンと呼んでいる。
 猫を他にもいろいろと見かける。
 それから、首輪をつけている老猫がいる。ときどき他のオス猫とにらみ合いをしているけど、めっぽう強い。鳴かず睨むだけで追い払ってしまうのだ!おそるべし。彼をニャンコ先生、センセイと呼んでいる。

 さて、このシンザンくん。最初は、ビクビクしていたけどここらへんで暮らすことを決めたようだ。暑い時、クロちゃんの寝場所を独占していたときは、ちょっと脅かしてしまったけど、私なんぞと出会った日にはいちもくさん逃げていたものが、今ではこちらをじっと様子をうかがうようになった。センセイとの衝突はあったのか? しばらく夜のケンカ声が聞こえたこともあったけど、今はもう無い。

 そして、こともあろうかこのシンザンくん。コクロちゃんの心を射止めてしまった。

 最初は、同じスペースに一緒にいるのを見かけた。私たちを見てもすぐに逃げなくてよいのは、コクロちゃんの態度を習ったようだ。
 そして、いつもいっしょにいるようになった。
 ふたりで現れて大運動会。
 そしてふたりでお昼寝。
 ぴったりひっつくようになった。
 ナメナメし合って、ふざけあって... 恋人ビーム発散。
 人となんら変わらん。

 どちらかというとコクロちゃんのほうが熱くなっているようだ。
 シンザンも何となくいい男な雰囲気が漂っている。少し変わった。

 連日、ふたりがいちゃつくのを見ることが出来るようになった。それにしても仲良すぎるぞ!
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by kotatsurock | 2006-09-19 10:04 | ねこのこと | Trackback | Comments(0)
年相応
 自分を中心に考えると、母の世代がおばさんで、母より上の世代がおばあさんなのだ。
 それぞれの幅は厳密ではないことと、センスや好みあるということで、先にお茶を濁しておこうかな。日本語が変かな?
 そうそう、ファッションについて何か言いたいみたいだ。


 大ざっぱに世代を枠で囲んで、とりあえず女性をおばあさん、おばさん、むすめさん、おじょうちゃんとしよう。
 最近はそういう枠でくくりにくくなった。そちらの方向へいくと複雑になってしまうので、枠でくくれるという前提をまず置こう。

 いかにもおばあさんという服装、おばさんという服装はどうやって決まったのだろう。今おばあさんも昔はむすめさんだったはず。おばあさんがむすめさんだったころにも、いかにもおばあさんいかにもおばさんという服装あったはず。それは今と大きく違うのかな...


 今の私から見た、母の服のセンスはいかにもおばさんだ。でも、そのおばさんであることに違和感がなくて案外よく似合っている。とにかく、おばさんの服を選ぶのだ。好んで。
 昨年、母をつれて「おばあさんの原宿」と呼ばれる巣鴨へ行く機会があった。
 母の目は輝いていた。
 なぜなのだろう?
 今の私にはどうしても分からない。
 いつか分かるようになるのだろうか?

 数日前から言いたかったことはこれなのだ。
 序文とかつけてもったいぶったけど、そのいかにもおばさんな服に、自分の母の世代はどうして飛びつくのだろうか。

 そして、現代はと言えば、先日書いたように、後ろ姿では年齢が分からない。

 けれど、反対におばさんらしいというファッションが存在するのはなぜなのだろう? ということなのである。

 そうそう、今の若い世代から、あらたなるおばさんのファッションという定義が作られるのだろうか? 作られるとしたら.... サダメじゃ(笑)。
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by kotatsurock | 2006-09-18 16:48 | つぶやき | Trackback | Comments(0)
年相応について 序文2
 失礼しました。
 若いからいいってものじゃないし、年齢相応の魅力というものがあるわけで、この場合、若いと思っていたら若くなかったという、その落差にがっかりしたのだ。

 ここで出番がとなるのが「年相応」という言葉。
 けれど、年相応ってなんだろー???

 そう思う今日この頃なのである。
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by kotatsurock | 2006-09-16 17:27 | つぶやき | Trackback | Comments(0)
年相応について 序文
 先日、自転車で帰宅していると、前をローライズパンツをはいた女性が歩いていた。彼女の着ていたシャツもまあまあ短かったので、肩にかけた鞄を持ちかえるときに、腰のあたりのお肌が見えた。

 「まー最近の若い人は」なんて思いながら、通り過ぎる瞬間、その女性が横を向いた。 あ、若くない....。
 なんだか、残念な気がした。
 私、女だけど、そう思った(笑)。

 最近は、後ろ姿だけでは年齢が分からない。

 人のこと言えないけど...
 先日、近所の人に、中学生かと思ったと言われてしまった。
 しかも、前面から出会って。
 この場合、若々しいというワケではなく、色気が無いからだけど。
 もちろん帽子を目深に被っていた。
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by kotatsurock | 2006-09-15 19:26 | つぶやき | Trackback | Comments(0)
どこにあるのだ?
 よくよく見かける「空あり」の看板。
 駐車場やアパートなどの「アキ」があるからどうぞという募集看板。

 ある日それを「空(そら)あり」と読んでしまった。

 どこにあるのよと、ひとり笑いながら考えた。

 あそこにも、ここにも空があるぞ。
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by kotatsurock | 2006-09-14 17:33 | つぶやき | Trackback | Comments(2)
あっぱれ段ボール
 電気製品などを購入すると、必ず梱包されている。主に段ボールに入って家に届く。そして、品物は取り出され、段ボールは解体されて資源ゴミとなる。

 その、段ボールを解体するときにいつも思うこと。
 中身を固定するために、発泡スチロールとかその他緩衝材が使われていることはもちろんだけど、さらに段ボールが使用されていることがある。そして本体と部品、付属品が分けて収められている。
 その、中に使われている段ボールにいつも感心する。
 きっと、専門の会社が請け負い、梱包される製品の大きさや部品の大きさ、数をうまく収められるように設計されるのだろうなー。切り込みや折りだけでみごとな型になる。壊すのがもったいないくらい。

 おみやげにいただいた饅頭の箱なども、糊などいっさい使わなくてもよいつくりになっていたりする。

 箱を捨てるのがなんだか苦手なのだけど、それでも全てを残しておくわけにはいかないので、しばらくは除けておくが、結局は解体して資源ゴミに出す。
 解体していると、作った人の工夫にいつも感心させられる。
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by kotatsurock | 2006-09-13 11:26 | すばらしい仕事 | Trackback | Comments(0)